Letter from CAIRC
2003.12 Vol.7 No.3

ペットへの愛情が高齢者の健康維持に好影響
ーコンパニオンアニマル リサーチ助成研究結果まとまるー

コンパニオンアニマル リサーチ(略称:CAIRC)ではコンパニオンアニマルの飼育が高齢者の健康に寄与するかを検討する研究をサポートし、このたび研究結果がまとまりましたので、紹介いたします。この研究は『在宅高齢者におけるコンパニオンアニマルの飼育と、手段的日常生活動作能力(IADL)との関連』と題され、産業技術総合研究所の客員研究員、齊藤具子先生(専門:疫学・公衆衛生学)らが実施し、発表したものです。

齊藤先生は前回1999年の茨城県里美村の高齢者への調査で、「ペットの飼い主は非飼い主より健康な生活を送っている割合が高い傾向にある」という結果を報告しており、今回はその追跡調査を行ったものです。当時の調査対象者の健康状態が4年後どのように変化しているのかを調べ、「ペットに接触し、ペットへの愛情度が高い高齢者ほど“自立した生活を送る能力”(=IADL)が維持、改善される傾向にある」ということを明らかにしました。



日本人の平均寿命は81.4歳(WHO世界保健機関調べ、2001年)、世界一の長寿国といわれています。しかし果たして「平均寿命が伸びている=高齢者がみな健康な状態で長生きをしている」といえるでしょうか? 健康とは「単に病気ではない、虚弱ではないというのみならず、身体的、精神的そして社会的に完全に良好な状態を指す」とWHO(世界保健機関)は定義していますが、寝たきり老人が120万人、痴呆性老人が14万人、虚弱老人が132万人、計266万人が要介護高齢者(ニッセイ基礎研究所調べ、2000年)という日本の実態をこれに照らしたとき、世界一の長寿を単に誇ることはできないとわかります。

2000年に人口全体の17.4%、2200万人(国勢調査)を数えた65歳以上の老年人口は、これからも確実に増えていくことが予測されています。2014年には25%つまり4人に1人が、2050年には32%、およそ2.8人に1人が高齢者という時代になるのです(国立社会保障・人口問題研究所調べ)。今後、高齢者がより健康に、そしてQOL(Quality of Life)を保って自立した生活を送るにはどうすればよいのか…その方策を探ることは、本人はもちろんのこと家族など周囲にとっても社会全体にとっても非常に重要な課題だといえるでしょう

そうした観点から、日本と同じく高齢社会を迎えている欧米先進国では高齢者の健康に果たすペットの役割が注目され、たとえば入院日数とペット飼育との関係、リハビリプログラムに見られる効果など、さまざまな研究が進められています。ペット飼育は、規則正しい生活や社会との関わり、生きがい、緊張感など、健康に生活していく上で大事なものを提供してくれると考えられています。

日本ではこの分野の研究報告がまだ少なく、それだけに今回の齊藤先生の研究は先鞭をつけるものとなるでしょう。特にユニークなのは、日本で初めてIADLという指標を用いて高齢者の健康とペット飼育との関連を調査した点です。ここで簡単にIADLを説明すると、ADL(日常生活動作:Activities of Daily Living)が移動、食事、排泄等の日常生活における基本的動作の指標であるのに対して、IADL(手段的日常生活動作:Instrumental Activities of Daily Living)は、例えば電話を使うことができる、必要な家事ができる、自分の貯金や年金を管理できるなど、日常生活を自立して送るためのより幅広い動作のことをいいます。レクリエーションや広い意味での“仕事”によって社会との接点を広げることがIADLの維持につながり、また逆にIADLの障害があると早期に死亡する割合が高いといわれています。

IADLを用いた研究の目的を、齊藤具子先生は次のように話されました。 「欧米では動物と触れ合うことでストレスが軽減され、血圧やコレステロール値が下がると報告されています。またコンパニオンアニマルの飼育は、社会的孤立による抑うつ傾向や精神機能の衰退の予防に寄与するとの研究もあります。そこで今回、私たちはIADLとペット飼育の関連を調査することで21世紀高齢社会のための資料を得て、健康維持と地域保健活動に役立てていきたいと考えました」。その言葉のとおり、調査結果は高齢者の健康維持に、コンパニオンアニマルへの愛情や触れ合いが大きな役割を果たすことを示唆するものとなりました。

『在宅高齢者におけるコンパニオンアニマルの飼育と、
手段的日常生活動作能力(IADL)との関連
―茨城県里美村における縦断研究―』
(独)産業技術総合研究所 知能システム研究部門
知的インタフェース研究グループ
客員研究員 齊藤具子・主任研究員 柴田崇徳

《調査結果の概要》
来たる超高齢社会のモデルとして調査地域に選ばれたのは、65歳以上の割合が30.0%と高い茨城県北部の里美村。一人暮らしのお年寄が多く、保健・医療・福祉の負担増加など地域社会における諸問題が発生しています。ここで1999年3月、齊藤先生らは65歳以上の高齢者1,345人のうち無作為に抽出した400人に対して、年齢、性別、健康状態、IADL7項目(<1>電話を使うことができる <2>遠い場所までバスやタクシーを利用したり自動車を運転したりして行ける <3>必要な買い物ができる <4>食事の用意ができる <5>必要な家事ができる <6>薬を自分で服用できる <7>自分の貯金や年金を管理できる)および、コンパニオンアニマルに関する項目(飼育歴、飼育動物、飼育年数、過去の飼育歴)について文書で質問をし、寄せられた339の有効回答をもとにIADLとペット飼育の関連をロジスティック回帰分析(ある現象の発生する確率をいくつかの変数で説明する手法)しました。

この調査の結果明らかになったのは、「ペット飼育経験のある人は飼育していない人に比べてIADL障害をもつ割合が小さい傾向にある」ということ。しかし、この調査だけではペットを飼育していることによりIADLが高く維持されているのか、あるいはIADLが高く維持されているためにペットの飼育が可能なのか、因果関係の判断まではつきませんでした。

そこで2003年5月、前回と同じ対象者に同様の調査を行い、4年間のIADLの変化に着目することにしました。また今回はコンパニオンアニマルに関する項目として「接触の具体内容」についてもあわせて尋ねました。

有効回答225人中、現在犬や猫を飼っているのは96人、飼育経験なしが53人。IADLが4年前と比べて維持または改善されている割合をみると、ペットの飼育経験がない高齢者グループが77%だったのに対して、現在飼育中でなおかつ自分で「えさをやる」「なでる」グループでは約90%と、明らかな差が見られました。また、ペットを飼っている人の中でも、「ペットが好きだ」「ペットは私の生活に幸福をもたらしてくれる」「ペットによく話しかける」といった項目に対して「あてはまらない」と答えたグループでは半数近くの人のIADLが低下しており、愛情を注いで飼育しているのかそうではないかでまったく逆の傾向が見られる結果となりました。

齊藤先生は「ただペットとして飼っているのではなく、“コンパニオンアニマル”として愛情をもって接している、そのペットに対する気持ちと触れ合いがIADLの維持・改善に影響していることがわかりました」と分析しています。

  欧米における高齢者とペット飼育にかかわる研究例
ペットを飼っていない高齢者の1年間の平均入院日数は13日、何らかの医療サービスを受ける回数が平均37回なのに対して、ペットの飼い主の平均はそれぞれ8日、30回に過ぎない。(レイナー、カナダ ブリティッシュ・コロンビア大学教授 1988年)
政府から医療保障を受けている約1000人の高齢者を対象に行った調査ではペットを飼っている人は孤独などの悩みは少なく、通院回数も少ない。「ペットを飼うことで仲間意識をもつようになり、安心感を覚え、楽しみ、遊び、そしてリラックスできる機会に恵まれる」「動物には人のストレスをやわらげる効果がある」。(シーゲル、カリフォルニア大学ロサンゼルス校の公衆衛生学教授)
高血圧患者48人を降圧剤だけ服用するグループと降圧剤も服用しながら犬や猫を飼うグループとに分け、半年間血圧の変化を調査したところ、ペット飼育グループの方が最大・最小血圧ともに低かった。平均心拍数においても同じ結果だった。(アレン、ニューヨーク州立大学教授 2001年)
高齢者施設においてリハビリプログラムへの参加拒否をしていた入居者7人に対して犬を介在させた特別プログラムを実施したところ、麻痺した手足の動きが増し、行動範囲が広がり、固くなっていた筋肉がリラックスした。(ブットラム、イタリアのサービスドッグに関する団体AIUCA 2002年)
copyright