Letter from CAIRC
2004.10 Vol.8 No.3

ペットから受ける様々な効用に関する最新の研究、発表される
―『第10回 人と動物の関係に関する国際会議』
英国・グラスゴー市で開催―


西欧諸国のなかでも動物福祉に理解の深い国、
英国・グラスゴーでの開催


10月7日〜9日、英国・スコットランド・グラスゴー市でIAHAIO主催による『第10回 人と動物の関係に関する国際会議』が開催されました。IAHAIO(International Association of Human-Animal Interaction Organizations)は人と動物との関係学に関心を寄せる各国協会や関連団体でつくる国際組織で、3年に1度、国際会議を開催しています。
今回は「人と動物:永遠の関係」を大会テーマに、3会場で8つの基調講演、複数の中から選ばれた57の口頭研究発表およびワークショップが行われ、世界約30カ国から参加した460名近くの研究者、獣医師、医療関係者、教育関係者および動物福祉関係者らが、それぞれ関心あるテーマ発表の場へと足を運んでいました。展示コーナーではポスターによる79の研究発表が行われ、参加者によるベスト・ポスター賞の投票も行われました。また地元の子どもを対象にした「子どもとペットの絵画コンテスト」が行われ、最優秀賞に日本人留学生の佐藤靖子さん(17)が選ばれました。
全体的な発表内容の傾向としては、動物が人間、とりわけ高齢者や子どもに及ぼす恩恵や効果に関して、学際的、科学的に検証したものが多く見られました。また基調講演では、米国のシンディ・ウィルソン博士が「人と動物の相互作用と健康」という演題の中で、またカリフォルニア大学デービス校のリネット・ハート博士が「ペットの人への効果に及ぼすコミュニティの影響」という演題の中で、研究手法の問題点とその対策に言及されました。いずれも効果を科学的に示すためのより良い研究方法についての提言や実例が示され、今後の研究のますますのレベル向上への期待が高まりました。
会場風景絵画コンテスト


高齢者とペット、子どもとペット。
動物とふれあう効果が続々と検証される


研究テーマの領域は、<動物が人間の健康に及ぼす恩恵>をはじめ、<ペットとの共生の環境整備>、<教育とペット>、<コミュニティにおける人とペット>、<介助動物の役割>など非常に多岐にわたりました。本大会に参加された帝京科学大学理工学部アニマルサイエンス学科講師 加隈良枝先生は「動物介在活動や動物介在療法などを含め、人がペットから受ける効用に関する分野では生理的指標の測定などが進められており、医学的解明については具体的かつ詳細な研究アプローチが多く見られました」と分析、着実にこの研究分野が発展しているとの実感を語られました。

以下に今大会で特に注目される研究、際立った成果を上げた研究などをピックアップしてご紹介します。

◆アルツハイマー病に対する動物介在療法の効果◆

イタリアのサービスドッグに関する団体AIUCAに所属するデブラ・ブットラムさんは、イタリアの老人ホームでアルツハイマーの治療を専門に行う施設において、アルツハイマー病患者を対象にした動物介在療法を実施。入居者に自由参加で週に2回90分のセッションを行い、散歩、水やり、ブラッシングなどセラピードッグとのふれあいの時間を作りました。その結果、「セッションに参加した患者は注意力の持続時間がやや伸び、患者同士の関係が著しく改善され、問題行動の減少が見られました」と、気分の安定と対話に改善があったことを報告しています。また、このような変化は、患者が犬に直接触ったり、話しかけをしなくても、その場に犬がいるだけで確認されたと説明しています。

◆ペットを飼っている子どもは学校の出席率が高い◆

一方、英国ワーウィック大学心理学部の健康心理学者ジューン・マクニコラス博士は、子どもの唾液中の免疫グロブリンA値と学校の出席率とペット飼育の関連を調査することで、子どもの健康とペットに関する興味深い研究成果を上げています。(免疫グロブリンA値を測定することで、病原微生物、ウィルス、バクテリアへの免疫力が確認でき、健康状態がわかります)
イギリスの学校3校の児童256人(5〜11歳)を対象に実施した調査の結果、まず、ペットを飼っている家庭の子どもは病気理由による欠席がかなり少ない傾向がみられたといいます。特に5〜7歳の児童にその傾向は顕著で、ペットを飼っていない家庭の子供と比べると、就学前児童では18%、1年生では13%出席率が高いという結果に。ペットを飼っている家庭の子どもは、飼っていない家庭の子どもに比べて、年間3週間も多く学校に出席する計算です。また博士は、ペット飼育は免疫グロブリンA値のレベルを安定的に保つ傾向があるという結果も導きました。「最近の医学研究から、動物との関わりが、将来アレルギーや喘息を発症するリスクを低下させるなど子供の健康に相当良い影響があることが明らかになっていましたが、今回の調査で、ペットを飼っている家庭の子どもの学校出席率がそうでない家庭の子どもに比べて大幅に高いことが明らかになり、非常に驚かされました」と語っています。

◆ペット飼育による経済効果〜人間の医療費を試算◆

オーストラリアのメルボルン大学ブルース・ヘッディ助教授らは、ドイツ、オーストラリア、中国の3カ国でペット飼育と人の健康に関する大規模な合同調査を実施し、ペットを飼っている人は飼っていない人に比べて年間で医療機関に通う回数が15%〜20%ほど少なかったという結果を発表しました。これを試算するとドイツではおよそ7,547億円、オーストラリアでは約3,088億円の医療費減に相当する効果です。高齢化社会に直面する現代において、ペット飼育による経済効果の大きさが浮き彫りにされました。
また中国の研究では、子育てを終えた夫婦の健康とペット飼育に関して調査が実施され、急激に変化している中国のペット事情がうかがわれる報告が行われました。
発表風景


ペット生産現場の改善から高齢ペットの終身ケアまで、
よりよい共生のための環境整備が進む


ペット産業先進国アメリカからは、人間とペット双方の高齢化問題に取り組んでいる試みや、ペット生産業における質のさらなる向上をめざした行政によるプログラムが紹介されています。

◆ニ−ズの高まりを予感させる高齢ペット用シェルター◆

高齢者がペットを飼うときに頭によぎるのは、「もしも自分が先に逝ってしまったら…」という不安です。そうした問題を捉え、エリザベス・クランシーさん(ニューヨークの動物保護団体、バイド・ア・ウィー・ホーム協会)は高齢ペットの引き取り施設の取り組みを報告しました。
報告によると、飼い主が死亡もしくは重篤な病状に陥った場合に高齢のペットを一生世話するという約束で引き取る施設が、6年前ニューヨークの動物保護団体によって作られました。内部は動物たちがなじんできた家庭環境に近いつくりを再現、犬のための屋内・屋外運動場も用意し、スタッフが常駐しています。引き取り条件は、8歳以上で人畜共通感染症にかかっていないこと、さらに通常のアニマル・シェルターでは引き取り手が見つかりにくいペットを優先することとしています。終身ケアのためのコストは前払いで約108万円ですが、この施設ではこれまでに猫33頭、犬26頭を引き取っています。
日本においても、こうした高齢ペット用シェルターのニーズが今後高まるのではないでしょうか。

◆ペット生産業の質の向上をめざす教育プログラムを導入◆

USDA(米国農務省)の動物管理部局のスタッフで、動物福祉法の浸透に携わるベティ・ゴルデンタイヤさんは、2001年に発足した米政府による犬のケアプログラムを紹介しました。同プログラムは、地域の獣医科大学の協力を得て、特に子イヌ生産者の密集地帯となっているオハイオ・カンザス・ミズーリ・ネブラスカなどの州において、生産者を対象とした犬のケアの知識・情報を中心としたワークショップを開催。参加者に認定証を発行することで生産者の意欲向上を図っています。この認定制度は、消費者がペットを購入する際の目安にもなります。


問題を抱える若者に与える動物の影響も、
さまざまな形で実証


ペットを飼うことによる精神的・身体的恩恵が数多く発表されるなか、問題を抱える若者にもこの恩恵を期待するプログラムが複数発表されました。たとえばホームレスや薬物依存の若者、矯正施設に収容されている子どもたち、学校を退学になった生徒たちに対してペットの世話や犬のトレーニングをさせることで再犯をなくしたり、社会復帰を実現したりする効果が実証されています。 日本で近年DV(ドメスティック・バイオレンス)やPTSD(外傷後ストレス障害)が社会問題となっていますが、DVやPTSDで苦しむ人に対してもペットの効用はあるようです。ベスト・ポスター賞を受けた研究はその一例です。

◆虐待児の心を開かせる犬の介在◆(ベスト・ポスター賞受賞)

虐待を受けた子どもたちへの取り調べは犯罪を調査する上で非常に貴重なものですが、つらい経験をした子どもたちにとって、見ず知らずの司法調査員に対して事件を説明するのは困難なことです。そこでベルギー連邦警察で暴力を伴う犯罪行為の司法調査にあたるネリー・クレテンさんらは、1995年から子どもたちの話を聞くときに2頭のメスのラブラドールを介在させました。以降5年間で3歳から14歳までの子どもたち100名(週に平均2〜3名)が取り調べを受けた中、80%の子どもたちが犬のいる環境で取り調べを受けたといいます。「頭をなでて」といったそぶりの犬たちの存在が子どもの恐怖や攻撃性を減らし、子どもが話しやすい環境作りに貢献していることが紹介されました。


犬の特別な能力を活かす研究も注目される

人のために働く犬としては盲導犬、聴導犬、介助犬などが有名ですが、人のてんかん発作を予知するてんかん探知犬もすでに活躍しています。今大会では膀胱癌患者の早期発見を目的に、犬の優れた嗅覚を利用する研究もありました。

◆人間の膀胱癌を嗅覚で探知する犬◆

イギリスのバッキンガムシャー州にある聴導犬協会およびアマーシャム病院のスタッフから成る研究グループは、クリッカートレーニングを受けた6頭の犬に人間の尿のにおいをかがせ、その中の移行上皮癌の存在を探知させる研究を行ったことを発表しました。その成功率は41%で、偶然に見つける確率14.3%より有意に高いという結果。探知成功率は個体により差がありますが、6頭のうち5頭は嗅ぎ分けることができたといいます。現時点では実用化レベルではないものの、改善次第で他の癌も探知できるのではないかと期待されています。
大会風景


日本からは6人の研究者がその成果を発表。

本大会では、230件超の発表申し込みが審査によって特に優秀な136題に絞られました。その中には日本の研究6テーマも選ばれています。 口頭でプレゼンテーションを行ったのは、日本で動物介在療法に関する活動を積極的に推進している防衛医科大学校精神科の横山章光医師。『ペットロボットに対する、スイスと日本の子どもの態度の比較』という研究で、ロボット犬が動物介在療法の一助になり得るかを問う試みとして、アイボに対する子どもの反応の国際比較を行いました。
またポスター発表5人のうち3人がCAIRC研究奨学金給付者だったことは、日本の研究者育成を支援するCAIRCにとっても喜ばしいことです。第2回奨学金給付者の東京大学農学生命科学研究科の研究チームの桃沢幸秀さんは『シバイヌにおける神経伝達関連遺伝子の多型と行動特性の関連』について発表し、犬の個性の遺伝的背景を明らかにしていくことによって個体に適した飼い方、しつけ方に応用する意義を訴えました。同じく第2回奨学金給付者で東京大学大学院人文社会系研究科の新島典子さんは『ペットロス回復過程における困難化要因の分析 −リアリティ分離概念を用いた日本での社会学的事例考察−』で、ペットロスによって深刻な困難を抱える要因が周囲の無理解にあることを証明しています。また第6回奨学金給付者で高等応用動物研究所の大谷伸代さんは『神経科学的アプローチによる犬のトレーニング法の確立』で、効率的なしつけの確立と補助犬などの適性の早期見極めに神経科学的指標が活用できる可能性を示唆しました。
そのほか名古屋大学医学部保健学科作業療法学の原和子助教授は『介助犬が使用者の作業遂行能力再構築に与える影響』について、また北海道大学大学院農学研究科の松浦晶央(あきひろ)さんは『加速度計によるウマおよび騎乗者の運動リズム解析』について、それぞれ発表しました。 以上のように日本人による発表内容も多岐にわたっており、それぞれの分野の海外の研究者らと交流を深める様子が見受けられました。前出の新島さんは、「社会学だけでなく、心理学・獣医学など多分野の研究者とも意見交換ができました。参考資料の紹介や共同研究の計画について今後もメールを交わすことになり、将来の研究発展につながる良い機会となりました」と大会参加の感想を話しています。
桃沢幸秀氏


次回2007年大会の開催地は、“TOKYO JAPAN”に決定!
アジア初の開催に、この研究分野の発展が期待される


閉会式では、日本の人と動物の関係学の発展にとってうれしいニュースが発表になりました。次回2007年の第11回大会は、東京で開催されることが決定したのです。日本のIAHAIOナショナルメンバーは日本動物病院福祉協会(JAHA)とヒトと動物の関係学会(HARS)の2団体。そして参与会員には私たちコンパニオンアニマル リサーチ(CAIRC)と日本介助犬アカデミー(JSDRA)、日本ヒルズ・コルゲート鰍フ3団体が名を連ねています。次回の東京大会はこの5団体が共同開催し、大会を盛り上げていくこととなりました。
CAIRC会長の正田陽一東京大学名誉教授は、「日本で人とコンパニオンアニマルの関係が徐々にクローズアップされはじめ、コンパニオンアニマル リサーチが設立されたのが1997年。それからちょうど10年という節目の年に、次回のIAHAIO国際会議が日本で開催されることになりました。日本における研究者の皆さんの活動・実績が世界でも認められるようになってきたことを誇らしく思うと同時に、アジアで初めての開催となる東京大会が日本、そしてアジアでの人と動物の関係をさらに発展させるきっかけになればと思います」と期待を表明しています。
IAHAIO国際会議は、研究者に限らず、人と動物の関係に興味のある方ならどなたでも参加できます。この分野の世界での最新の研究をご覧いただけるよい機会となることでしょう。

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