Letter from CAIRC
2006.10 Vol.10 No.3

第8回CAIRC「人間とコンパニオンアニマルとの関係学」
研究奨学金研究発表
言語学の分野から、初のアプローチ

奨学金助成を受けた神戸大学石川さんの研究成果が発表される

コンパニオンアニマル リサーチ(略称:CAIRC)は、1998年から毎年、研究援助活動としてCAIRC「人間とコンパニオンアニマルとの関係学」研究奨学金プログラムを実施しています。このたび、第8回奨学金助成を受けた石川慎一郎さんの研究結果発表を行ないましたので、ここにご報告いたします。
今回の発表には石川さんのほか、第8回選考委員を務めた太田光明麻布大学教授、森裕司東京大学大学院教授、CAIRC会長を務める正田陽一東京大学名誉教授が出席いたしました。


研究テーマ:「近現代英語散文コーパスに見る「コンパニオンアニマル」イメージの
確立と変遷 ―社会文化史およびコーパス言語学から見る犬のイメージ―」
神戸大学 国際コミュニケーションセンター/総合人間科学研究科 助教授
石川 慎一郎(いしかわ しんいちろう)
石川 慎一郎

石川さんは、神戸大学助教授で、主にコーパス言語学を研究しています。コーパス言語学とは1960年代に生まれた新しい学問で、コンピュータを使い、大量の言語データの中から任意の単語がどのくらいの頻度で使われているのか、また前後にどのような単語が使われているのかを分析することによって、“語の振る舞い”を研究するもの。石川さんは、“dog”という言葉の使われ方の変化を探ることができれば、背景にある文化や人々のマインドの変化をとらえることができるのではないかと考え、“人々の犬に対するイメージの変化”をコーパスの手法を取り入れて研究しました。本格的なコーパスに基づく文化研究の先行事例は少なく、大規模なコーパスを使って犬のイメージを探ったものとしてはこれがほぼ初めての試みとなります。

調査は、基礎調査とコーパス分析の2段階に分けて行われました。基礎調査ではまず、社会文化史的アプローチから18世紀前後の時代の犬を描いた絵画や図版に着目。17〜18世紀の犬のイメージの典型は依然として使役を担う存在であるのに対し、19世紀になるとヴィクトリア朝のもとで動物愛護の精神が勃興していることから、イギリスにおける犬のイメージ転換点はおよそ19世紀初頭から中葉と見なすことができる、という仮説が導き出されました。

この仮説を基に、18世紀前半から20世紀前半の各時代の文学作品を収集した1,700万語からなるイギリス文学コーパスの中で“dog”という語の出現頻度を調べ、さらに前後の単語の組み合わせを調べる、コロケーション*1調査が行われました。その結果、“dog”の出現頻度は19世紀後半以降上昇し特に20世紀に入ってから爆発的に増加したこと、また、犬に使われる形容詞も19世紀前半までは“bull”dogといった犬種や“setting”dog(狩猟犬)、“watch”dog(番犬)といった仕事を示す言葉が多かったのに対し、19世紀後半になると様相は一変し、それまで見られなかった“little”“young”“old”“red”“grey”などの叙述型形容詞が現われてきたことがわかりました。
*1コロケーション: 2つ以上の単語の慣用的なつながり方

犬を愛玩・保護の対象とした社会運動が19世紀初頭から中葉にかけて起きたのに対し、文学コーパスではイメージの転換が半世紀遅れで現われたことについて、石川さんは「法改正は世の中を方向付ける制度的な意思表示と言えます。それに対して小説のワンシーンに登場する犬は、作家が無意識のうちに時代の空気を写して書いているものがほとんど。後者に注目することで、いわば人々の普段着の気持ちが見えてきます。まず制度や体制が先行し、その後、一般の人々の意識の隅々にまで動物愛護の精神が浸透するまでには、半世紀を要したということではないでしょうか。今回は英語コーパスを使った研究ですが、日本語コーパスの構築などが進めば、たとえば『コンパニオンアニマル』という言葉が新聞や雑誌に出現する頻度を調べることで、日本人の間で伴侶動物としてのペットという意識がどのように変遷してきたかを探ることもできるでしょう」と話しています。

石川さんの研究結果について、太田教授は、「イギリス産業革命の時代に、人間の意識が“人と人”だけではなく“人と動物”の関係についても及ぶようになったとよく言われますが、そのことと今回の研究はよく一致します」と話しました。また森教授は、「ケネルクラブやドッグショーなどはヴィクトリア朝時代にイギリスから広まっていった。イギリス文学コーパスという切り口から人と動物の関係の変化を考察した今回の研究は大変興味深いです」と今後の研究への期待を寄せました。正田陽一CAIRC会長は、「犬と人間の関係は人間が狩猟生活を行なっていた時代に遡り、家畜や実用的な目的だけでなく、現在我々が感じているような心のつながりがあった。犬はペットの始まりであり、言語学の研究の中に人間と犬の精神的つながりをみることは大変興味深いですね」と語っています。


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